全国一の宮ではないが、阿波国一宮ではある三社

中国・四国

こんにちは!NICOです!

今回も四国。

四国の最後は徳島県です。かずら橋でちょっと入ったけど。

徳島県にある全国一の宮巡りの神社は阿波国一宮として大麻比古神社の一社のみかと思っていたのですが。

いや、タイトルの通り、「全国一の宮巡りの」阿波国一宮は大麻比古神社の一社のみのようです。

ただ、阿波国一宮を名乗っている神社はどういうわけか現時点で他にも三社あるようです。

諸国にて最も社格が高い神社が一宮とされるのですが、国によっては一宮が一社だけではないなんてこともあるので、それほど不思議なものでもないのですが、全国一の宮とは無関係なところが気になりますね。

一か所ずつ見ていきましょう。

上一宮大粟神社

上一宮大粟神社かみいちのみやおおあわじんじゃは創建年数は不明ですが、平安時代の728年に聖武天皇の勅願所とされていた天石門別八倉比賣神社あめのいわとわけやくらひめじんじゃ論社(後裔)のひとつとされており、後にこの大粟神社のから分祀してできる一宮神社も平安時代であることから、少なくとも平安時代には創建されていたことは伺えますね。

大宜都比売神オオゲツヒメノカミを御祭神として祀っており、五穀と養蚕の神とされているようです。

なんでも、スサノオに口や鼻、尻から出した食物を振る舞って殺されてしまい、その死体の頭から蚕が、目から稲が、耳から粟、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が生まれたという話が古事記にあるようです。要約だけやと残念おもしろいイメージがついてしまうな、、、

この神社では伊勢から馬に乗ってやってきた大宜都比売神がこの阿波の地に粟を広めたとされています。

ダジャレと言うよりも、そもそも阿波という国命の由来がそもそも粟がよくとれる粟国からきているようです。

苔と上一宮大粟神社

そんな徳島の祖とも認識できるほどの神を祀る上一宮大粟神社。昔は一宮として賑わっていたのかもしれませんが、現在は苔に包まれた穏やかな空間となっています。

大きな鳥居の先には杖が置かれていました。

西国巡りの時にもちらほらと見た杖。これがあるところは決まって参道階段、山道などが厳しいとわかっている今言わせてもらうと、優しさと覚悟を感じる光景になります。

と、思いきや登るのは写真で見えるだけの距離なので、厳しさはそれほど。

ただ、条件次第では苔が滑って危ないかもしれないので、転ばぬ先の杖として有難く利用させて頂くのが良いかと思います。

階段の先の広い空間にも苔むした、、井戸?

天の真名井と呼ばれているようです。

本殿は苔に包まれた静寂な空間とはまた違う印象を与える真っ赤なものでした。

位置も結構山の中。

一応、近くには道の駅もあるので、バスでも行けないことはないくらいですかね。

上一宮言うなら下もあるんか、って言うと、あります。

平安時代の段階ですでにこの地の参拝は不便とされていたようで、国府の近く分祀として一宮神社がつくられたとされており、そちらが下と考えられています。

 

御朱印は宮司さんがいらっしゃる時は頂けるそうですが、参拝した際にはいらっしゃらなかったです。

一宮神社

一宮城跡のそばにある一宮神社。

こちらも天石門別八倉比売神社の論社のひとつとされています。

先述の通り、上一宮大粟神社が参拝に不便とされていたことから、平安時代の後期に分祀する方で一宮とされた神社です。

御祭神として祀っているのは大宜都比売神オオゲツヒメノカミ天石門別八倉比売命アマノイワトワケヤクラヒメノミコトです。

天石門別八倉比売神は天照大神と同一視されている神になります。

道路の向かいに四国八十八箇所の大日寺があり、明治時代以前は神仏習合されていたようなのですが、今では別物扱いのようです。

回り込んでみた本殿はこんな感じ。

なんとも独特な側壁ではないでしょうか?

隣の一宮城も、この地が一宮と呼ばれていることも、この一宮神社が一宮であったからだそうなのですが、残念ながら現在は全国一の宮としては一宮とされておらず、名残だけということですかね。

 

御朱印はこちら。

阿波国一宮と記載されていますね。

歴史的に間違いなくそうであって、剥奪のような事象もないので、間違いだということももちろんありません。

一宮町の一宮城のそばの一宮神社。

なにより一宮らしいですし。

位置はこんな感じ。上一宮と比べるとさすがに分祀しただけあってアクセスもしやすい場所になっております。

天石門別八倉比売神社

さっきから天石門別八倉比売神社の論社論社と紹介してきたその天石門別八倉比売神社か!?

と思わざるをえないのですが、ここもその天石門別八倉比売神社の論社のひとつ天石門別八倉比売神社あめのいわとわけやくらひめじんじゃ

やはり、元の天石門別八倉比売神社の記録が定かではないことが複数の論社があることに表れているようで、ましてや、こちらの天石門別八倉比売神社と名前が同じことから簡単には調べられませんね。

ただ、こちらの天石門別八倉比売神社もかなり古い歴史をもっており、現在の場所で祀られたのが推古天皇時代の593年、飛鳥時代にはすでに存在していたことが記されています。

また、奥の院にあるのは卑弥呼の墓という一説もあり、邪馬台国の所在地に論争にも一枚かんできている場所でもあります。

回り込んでみた本殿。

位置は市街地には近い山側といったところ。この神社自体が古墳の上にあり、付近にも考古資料館があるので、余裕があればまた覗いてみたい場所です。わからんことが多すぎる。

 

おしまい!

今回はこのあたりでおしまい!

全国一の宮巡りではないけど阿波の一宮を名乗る神社でした。

三ヶ所もあるのは珍しいのではないでしょうか。しかも全てが同じ神社の論社。

時間は正真正銘全国一の宮巡りの阿波一宮です。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

また次回。

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