こんにちは!NICOです!
前回に続いて兵庫スサノオ四社詣。
宝塚市の伊和志津神社です。
電車だと阪急今津線逆瀬川駅から徒歩6分。広めの駐車場もあったので車でも行けそうです!
宝塚市は西国巡りで中山寺に参拝したのが記憶に残っています。地図でも中山寺が確認できますね。
中山寺確認できるけど、西宮市と伊丹市に埋もれて宝塚市が確認できないですね…笑
【青い五重塔?】 兵庫県宝塚市 中山寺 – NICO先生(仮)のおでかけ御朱印巡り (nico-gosyuin.com)
伊和志津神社
伊和志津神社は兵庫県宝塚市にある神社です。
宝塚の塚という字には古墳という意味が込められており、多くの古墳が存在していたそうで、江戸時代にはすでに宝塚という地名が使われていたようです。
伊和志津神社には古墳の話はないと思いますが、前回の尼崎市の水堂須佐男神社には古墳がありましたね。このふたつの市は近すぎず遠すぎずといったような距離感なんですが、この阪神地域がそんな大昔から古墳がつくられるほどのそれなりの有力者がいた集落が点在していたということですかね。いや、近いか。
伊和志津神社の創建年は定かではないようですが、平安時代の927年に編纂(出版の意味合いでいいかな)された延喜式神名帳(これは神社一覧くらいの捉え方でいいかな)に大社として記載されているので、少なくともそれ以前から存在しているようです。
もちろん、須佐男命を御祭神として祀っており、ここでは厄病災難除の神、学問の守護神、縁結びの神、 開発生産の神として信仰を集めているようです。
宝塚随一の古社 伊和志津神社【公式】 – お宮参り・ご祈祷・パワースポット (iwashidu-jinja.jp)
ホームページの「伊和志津神社について」のページにあるメッセージで、人々に寄り添った伊和志津神社の温かい信仰に対する考え方が綴られているので一度見ていただきたいですね。
そして、言い伝えによると、豊臣秀吉の家臣の大名である加藤清正が朝鮮出兵の帰りに持ち帰った虎を飼っていた場所が伊和志津神社の境内とされているようです。
一見、威厳のある話に思えますが、当時なかなか手に入らない餌の肉を犬で賄おうとした際、その犬に噛みつかれてしまったそうです。
大名からの預かりものである虎に傷を与えたとなると一大事!
っと思ったのですが、犬に噛みつかれてしまう虎などすてておけと奉行所の判断でまさかのお咎めなし。
威厳もなければオチも弱い、つまりどういう話…?
宝塚の民話・第1集の3|宝塚市公式ホームページ (city.takarazuka.hyogo.jp)
でも、市が市の民話をまとめてるの、なんかいいですね。
境内
駐車場と社殿のエリアは道路を跨ぐようになっていて、いかにも神社って感じの歩道橋を越えて参拝。
手水舎。左が1月で右が3月のもの。
月替わりなんですかね?
詳しくないのでわかりませんが、やっぱり季節に応じた花なんですかね。とにかく綺麗ですね。
境内にはこんなものも。
あの手塚治虫の出身地は宝塚市だったようで、手塚プロダクションとのコラボが見られます。
宝塚市に手塚治虫記念館もあるようです。
伊和志津神社では3か月おきにデザインが変わる手塚プロダクションコラボの御朱印が頂けるようです!
右端には月替わりの花の御朱印も見えますね。
ほんとに魅力的な御朱印が多くて多くて、、
今回頂いた御朱印
まずはこちら。誕生日の御朱印!
日付は参拝日か吉日で書いて頂けます!
これを頂きたいがために誕生月の三月に再び参拝させていただきました。
そして、御朱印を頂くと御朱印帳用の栞も頂けるのですが、誕生月だと左上に見える金色の栞が頂けるのもまた嬉しい!
そして、1月の参拝で頂いた手塚プロダクションコラボの御朱印と兵庫スサノオ四社詣の御朱印。
正直、手塚治虫氏は親も私も世代が重なっておらず、あまり存じ上げないのですが、キャラクターデザインと御朱印のデザインが可愛くて頂きました!
兵庫スサノオ四社詣のものは水堂須佐男神社と繋がる辰の半身ですね。そして赤い辰の胴体も少し見えていますね。
そして3月の参拝で目を引いた言霊の御朱印も頂きました。
かわいい龍が縁の文字を作ってくれていますね。
とにかくかわいい。
よく見たら龍以外も手伝ってくれてるのもかわいいですね。
これも1月に行った時とは文字が違っていたので月替わりなんですかね。
おしまい!
以上、宝塚市の伊和志津神社でした!
神社の理念?も温かいし、毎月変わる御朱印もかわいい。
兵庫スサノオ四社詣のおかげで素敵な神社を見つけることができました。
次回は神戸ですね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次回。
コメント