西国第十四番 園城寺 

御朱印巡り

こんにちは!NICOです!

まだまだ西国巡り。

滋賀県大津市の三井寺(みいでら)または園城寺(おんじょうじ)を参拝しました。

入口のレストラン風月さんでそばを頂いてから参拝。

元々そば好き(だいたいなんでも好き)やけど寺周辺じゃ特にそばを選んでしまう。

三井寺 園城寺

お寺のパンフレットには三井寺って書いてて、西国巡りでは園城寺って書いてるので両方書いときます。以後園城寺。古来からの正式名称は長等山園城寺。

園城寺は天台寺門宗の総本山のお寺で、天台寺門宗は天台宗から分裂、派生した宗派です。

寺門派(園城寺)と山門派(比叡山)で長きにわたり対立していたようですが、同じ滋賀と、ずいぶん近い距離でバチバチだったようですね。

平安時代から1200年を超える歴史を持っており、今でも滋賀県大津市に広い敷地を持っています。

平地にあるのでアクセスはかなり良好です!

三井寺(園城寺) (miidera1200.jp)

園城寺を参拝

園城寺、結構広かったので、気になった所をかいつまんでご紹介!

弁慶の引き摺り鐘

奈良時代に作られたこの鐘、山門派(延暦寺)との争いで当時延暦寺の僧兵であった弁慶が奪って比叡山へ引き摺って行ったそうです。嘘やろ?

そして比叡山にて鐘を撞いてみると、「イノー、イノー」と響いたそうです。嘘やろ?

 イノー、イノー、は関西弁で帰りたいの意味。と説明されているので関西人として勝手に考察。
 関西人としても今ではあまり聞くことはない言葉なのですが、「はよいねや!」との命令形の言葉は少しわかります。
 ざっくりいうと「どっかいけや」になるので、去ねという漢字が当てはまるんかな?
 「帰れ」と言う意味合いもなきにしもあらず、といった感じなのでイノーの名残がギリギリ今も残ってるんかな?

ともあれ、それを聞いた弁慶が「そんなに園城寺にかえりたいのか!」と、山から谷へ鐘を投げ飛ばしたとのお話が残っています。

 

嘘やろ?

にわかには信じ難いお話ですが、園城寺にはその現物が残っています。

信じるか信じないかはあなた次第。

 

一切経蔵

教えを文字に起こした経を保管する蔵なのですが、こちらは回転式の八角輪蔵。

写真が下手すぎてびっくりしてますが、迫力が凄く印象に残りました。

領域展開感。

観音堂

西国巡りの札所になっているのが観音堂です。

仁王門から一番遠いんじゃないかな?

如意輪観音を御本尊としており、お堂が少し高台にあるので大津の街を見渡すことができます。

 

園城寺で頂いた御朱印

こちらが園城寺で頂いた西国巡りの御朱印になります!

記念印は弁慶の鐘。

対立していた相手方のお話があるものが特色になるのは今が平和な証ですね。

そして文字は大衆に代わって苦しみを受ける慈悲の心による救済を表す大悲殿。

 

まとめ

水彩画とモデルと。

以上、園城寺でした!

おもしろい話も、なぜか惹かれる建造物も、もちろん歴史もあるおもしろいお寺でした。

言いたいこと既に言うてるからここで言うことが思い浮かばんなぁ。

 

ということで。笑

ここまでお読みいただきありがとうございました!

まだまだ西国巡り。

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